インフルエンザはインフルエンザウイルスを病原として引き起こされる感染症である。日常会話で使われるいわゆる「かぜ」とはライノウイルス等による「普通感冒(鼻かぜ)」であり、ウイルスが異なる。インフルエンザも分類としてはこのようなかぜ症候群のうちの1つにすぎないが、ウイルスの感染性の強さと症状の重篤性から、普通感冒とは異なる対応が必要である。ウイルスの型によって弱毒性と強毒性があるが、季節性のウイルスは弱毒性である(本文は注釈がない限り、文献1から引用)。
インフルエンザは古くは紀元前からその存在が知られているが、その分子メカニズムが明らかになり始めたのは20世紀に入ってからである。ウイルスはA, B, Cおよび Dの4つの型があり(*5)、A型がしばしば世界的大流行(パンデミック)を起こす。
A型ウイルスの膜には2種類のタンパク質、ヘマグルチニン(HA)およびノイラミニダーゼ(NA)がある。この2つのタンパク質はその抗原性の違いからHAとNAでそれぞれ、18種類および11種類が存在する(文献2)。HAとNAが主な抗原となり、その組み合わせで亜型の分類が行われる(図1)。分類はHAとNAの頭文字のHとN組み合わせで表記され、さらに単離された地域名も加えて細かく分類する。例えば、プエルトリコで1934年に単離されたヒトA型 H1N1ウイルスは、A/human/Puerto Rico/8/34(H1N1)と表記される(4項目の8は任意のサンプル番号)。この型はウイルス研究などで最も用いられている(*1)。
インフルエンザウイルスはHAが細胞表面のシアル酸を含む糖鎖に結合することから感染が始まり、その後エンドサイトーシスされて細胞内に侵入する(図2)。エンドソーム内で酸性条件になると膜融合が起き、ヌクレオカプシドが脱殻されてウイルスRNAゲノムが核内へ移行する。その後複製および転写によって増幅され、エンベロープタンパク質とともに再構成されて出芽し、NAの働き(SA-Galを切断する)によって細胞表面から放出される。抗ウイルス剤はこれらのステップのいずれかを阻害することでウイルスの増殖を防ぐ。
インフルエンザの対応策としては、予防が大切である。基本はワクチン接種が最も有効で、予防および発症時の軽症化が期待できる(*2)。潜伏期間はふつう1〜3日である。抗ウイルス薬が近年開発され、予防および治療投与でその有効性が確認されている。しかし使用に伴い、すでに耐性菌の出現が報告されている。
インフルエンザは弱毒型と高毒型がある。通常の季節性ウイルスは弱毒型であり、国内の近年の致死率は0.7−0.8%、多くの場合他の疾患との合併症である。感染の可能性および合併症の危険性から、ハイリスクグループ(妊婦、高齢者、児童・生徒、医療従事者等)はワクチン接種することが望ましい。特に基礎疾患を持つ人は危険である。なお、2009年からは妊婦もワクチン接種が可能となった(それまでは妊婦への接種は禁止されていた*3)。
ウイルスの監視(サーベイランス)の結果をみると、A型に加え、B型も毎年流行している。しかしB型は症状が軽いために、普通感冒と混同し勘違いされている場合もあると考えられる。またC型は変異がほとんどないために、多くの人は幼児期にかかって抗体をすでに持っている。つまりA型ウイルスの流行の動向を最も注意すべきである。流行している型はA型H1、A型H3およびB型の3種類が多く、シーズンによってその割合が異なる。例えば2001/02シーズンでの日本における患者の割合はH1型およびH3型がそれぞれ4割、残りの2割がB型である。
また2009年はH1N1型のウイルスが世界中で広がり、混乱をきたしている(文献4)。弱毒型であるが、感染者が増えると犠牲者も増える(*4)。ヒトではこれまでH1-H3、N1およびN2の組み合わせでしか流行していないが、高病原性のH5、H7、H9を含むウイルスがトリから感染した可能性のある症例が報告されている。これらを含むウイルスがヒトからヒトへ感染するウイルスに変異すると新型ウイルスとして大流行を起こすため、世界的にウイルスのサーベイランス(症例の発生状況の監視)が行われている。
月刊「化学」(2009年1月号、最新レビュー)に寄稿した拙著「高病原性の新型インフルエンザウイルスはどのように発生するか?」(文献5)も参照されたい。
*1, このようなウイルスは鶏卵で培養するために、トリ型の受容体(α2-3型)に変異していることもある(Itoら、文献3)。
*2, ワクチン否定派の人たちは、ワクチンでは予防は完全にはできない、という説を唱える。確かに完全に予防はできないが、重篤化は軽減できると考えられている。仮に未接種で重篤化した人が全員ワクチン接種を受けていれば、その何割かは発症しないか重篤化しなくて済む、という計算をすべきである。
*3, 妊婦はいったん罹患して肺炎を合併すると高い死亡率となる。アジアかぜの時のニューヨーク市の死亡例の10%が妊婦であった。
*4, 仮に犠牲者が出る割合が0.01%(1万人に1人)であったとしても、感染者が100万人なら100名の犠牲者がでる。もし感染の拡大を抑えることに成功し、発症者が1万人で済んだなら犠牲者は1名以下で済む。
*5, 近年、D型が発見された。ウシが主でヒトには感染した報告例はまだない(2018年1月, WHO)ものの、国内のウシに広がっている。
(1) 加地正郎編, インフルエンザとかぜ症候群, 南山堂 (2003).
(2) Tong S. et al., PLoS Pathog., 9(10), e1003657 (2013).
(3) Ito, T. et al., Virology, 227, 493 (1997).
(4) G. Neumann et al., Nature, 459, 931(2009).
(5) 松原輝彦・佐藤智典, 高病原性の新型インフルエンザウイルスはどのように発生するか?,月刊「化学」(最新レビュー),64(1), pp74-75,化学同人(2009).
(2018年10月改、文献2およびD型)(2017年作成)